大事なのは想像力

NAGAE KEISUKE

長江 慶祐

株式会社ナガエモールド

1985年、愛知県瀬戸市生まれ。デザイン系専門学校を卒業後、名古屋の番組制作会社に入社。Webディレクターとして7年間勤務する傍ら、個人でゲーム制作チームを運営し、企画・販売まで手がける。その経験を経て、瀬戸窯業訓練校で1年間焼き物の基礎を学び、家業の石膏型製造へ。2019年に事業を承継し、2022年に法人化。株式会社ナガエモールド代表取締役として、地場産業の技術継承と次世代職人の育成に力を注ぐ。

CLOSE UP

AICHI

30

新進気鋭の石膏型製造会社

愛知県瀬戸市。“セトモノ”の名で全国に知られる焼き物の街です。この地で、伝統と産業のあいだをつなぐ若き経営者がいます。石膏型製造を手がける株式会社ナガエモールド代表・長江慶祐さん。平均年齢30代という若い職人集団を率いながら、“職人が幸せに働ける仕組み”づくりに挑んでいます。文化と産業の両面から、長江さんは地場の未来を見つめています。

Q:ナガエモールドはどんな会社ですか?
A:焼き物の“型”をつくる会社です。たとえばお皿や茶碗などの量産品は、職人が一つひとつ手で作ると時間もコストもかかってしまいます。そのため、私たちが製作する石膏型が必要になります。この型を使えば、同じ形・品質の製品を効率よく生産することができるんです。石膏型は食器だけでなく、ファインセラミックスや半導体、自動車部品など、実は多くの“見えないところ”で活躍しています。つまり、私たちの仕事は「文化」と「産業」の両方を支える存在なんです。

社員が幸せになる環境をつくる

Q:法人化後、すぐにうまくいったわけではないと伺いました。
A:はい、最初の半年で貯金が数百万円なくなりました(笑)。人を増やすだけでは成果は出ない、ということを痛感しましたね。そこから経営を必死に学び直しました。今では毎月の売上目標を明確にして、社員にも数字を開示しています。「このラインを超えれば昇給もボーナスも出せる」と共有して、全員が“自分ごと”として動けるように仕組みをつくりました。すると、若手たちは目標達成のために驚くほど頑張ってくれるんですね。「社長、今月いけそうです!」と声をかけてくれる。経営って、結局“人にどう動いてもらうか”なんだと学びました。

Q:文化的な仕事でありながら、工業的な側面もあるんですね。
A:そうなんです。焼き物と聞くと文化や芸術のイメージが強いですが、実は産業の基盤でもあります。たとえば、発電所のパイプにセラミックスを使ったり、車の生産工程で耐熱性の高い焼き物を使ったり。意外と社会のあちこちで必要とされているんですよ。そんな業界で、私たちは「食器の型」と「工業製品の型」、どちらの分野にも対応できる“二刀流”です。0.1ミリの精度を求められる工業製品と、デザイン性を重視する食器。この両方を作れる会社はほとんどありません。だからこそ、職人技を次世代に引き継ぐ意味があると感じています。

Q:若い世代が多い職場というのも印象的です。
A:同業の多くが60〜80代ですが、当社の平均年齢は30代で、私が最年長の39歳なんです。会社の価値観に共感してくれる若い世代が多かったんだと思います。最初は一人で作業していましたが、頼まれる仕事がどんどん増えてしまって。「ここで断ったら頼りにしてくれる人達が本当に困ってしまうし、業界ごと衰退してしまう」と思い、人を雇うために法人化したんです。会社を継続するには長く働いてくれる環境が必要です。職人の仕事は、特殊な性質から「やりがい」を持って応募してくれる人が多いです。でも、やりがいだけでは人は続きませんし、万が一続いたとしても「やりたかった仕事だから給料は少なくてもいいよね?」というような“やりがいの搾取”にはしたくなかった。だからこそ、福利厚生を整え、給与も上げ、「やりがい」も「時間」も「お金」も稼げる、一般的な会社員以上に職人が幸せになれる環境をつくることにしました。

職人の技術をビジネスに昇華させるために

Q:経営者として大切にしていることは何ですか?
A:「職人の技術を“ビジネス”として成立させること」です。どれだけ特殊な技術を持っていても、利益が出なければ続けられません。一般的なビジネス同様、しっかり休みを取り、安定した給与を得て、それでも利益を出せる体制をつくる。普通のことですが、それが職人の誇りを守ることにつながると思っています。だから、昔ながらの“気合と根性”ではなくデータを見て、数字で判断する経営を意識しています。ビジネス書もしっかり読みますし、前職の社長には今でも相談しています。人とお金と想いをどう動かすか…結局のところ、経営の本質はどの業界であっても同じだと気づきました。

Q:職人の育成や技術継承については、どのように取り組まれていますか?
A:現在、ベテランの職人さんから直接技術を学ぶ環境をつくっています。60〜80代の方々が現役のうちに、“手の感覚”や“仕上げのコツ”といった言葉にできていない技を吸収することが大切で、技術の言語化をするラストチャンスな時期だと思っています。それと同時に、若い職人でも発言できる風通しの良い職場を設けることにも努めています。若手には“考える職人”になってもらいたい。新しい視点で効率化のアイデアを出してくれたり、「これ、もっとこうできませんか?」と言ってくれる社員も増えています。その積み重ねが、伝統を未来につなぐ力になると信じています。

どんな需要にも応えたい

Q:これからの目標や展望を教えてください。
A:どちらかというと会社を大きくしたいというより、業界を守りたいですね。瀬戸の石膏型業界は衰退産業と見られがちですが、表に見える仕事が少ないだけで、世の中に必要とされている仕事です。だからこそ、私たちが全国のどんな需要にも応えられる“受け皿”になることを目指しています。もっというと職人一人ひとりが幸せに働けて、「ここにいて良かった」と思える会社にしていきたいです。その結果として、業界全体が少しでも明るくなれば嬉しいですね。

石膏型というニッチな世界で、若手職人とともに伝統をアップデートし続けるナガエモールド。「やりがい」と「豊かさ」の両立を目指す長江さんの姿勢は、日本のものづくりが抱える課題に一つの答えを示しています。“職人が誇りを持って幸せに働ける未来”をつくる…瀬戸から始まった小さな挑戦は、静かに、確かに次の時代へ受け継がれています。

「お金儲けだけのために起業するのではなく、人のために何ができるかを考えてほしいです。会社一つひとつには“存在する理由”が必要です。世の中が求めていないことを続けても、長くは続きません。そこで大事なのは“想像力”だと思います。お客様や社員、社会の立場に立って考えられるかどうか。その想像力があれば、どんな業界でも必ず道は開けると思います。私もまだ道半ばですが、自分より少し若い世代がこの業界に興味を持ってくれることが、何よりの希望です」